日本には長年運用してきた「海外削減の帳簿」がある。二国間クレジット制度(JCM)だ。日本が技術と資金を出してパートナー国で削減プロジェクトを実施し、得られた削減量の一部を日本に持ち帰って自国の削減目標に計上する仕組みである。2026年10月5日、この帳簿が南米でまた一歩前進した。チリと日本のJCM合同委員会が、改定されたルール・ガイドラインを採択したのだ。炭素市場専門メディアCarbon Pulseが伝えたチリ政府当局者の説明によると、チリはこれにより、JCMプロジェクトを承認し、「国際的に移転される緩和成果」(ITMO)を日本に移転して日本の削減実績に計上させることが可能になった。パリ協定第6条2項が「協力覚書への署名」から「実際の取引」へと進むもう一つの例であり、本サイトが数日前に紹介したカナダのITMO枠組みと比べてみるのにも格好の題材だ。
まず押さえておきたい用語:JCM、ITMO、承認、相当調整
JCM(Joint Crediting Mechanism、二国間クレジット制度):日本がパートナー国と一対一で結ぶ二国間の削減協力。日本企業が省エネや再生可能エネルギーなどの技術をパートナー国に導入し、そこで生まれた削減量は検証を経てJCMクレジットとして発行され、両国の貢献度に応じて配分される。
ITMO(国際的に移転される緩和成果):パリ協定第6条2項の下で、ある国が政府の承認を受けた削減・吸収の成果を別の国に移転し、移転先の国がそれを自国の「国が決定する貢献」(NDC)に計上できるようにするもの。
承認(Authorization):あるプロジェクトの削減量を「輸出」してよいというホスト国政府の正式な同意で、通常は承認書(Letter of Authorization、LoA)によって示される。承認がなければ、ITMOとして移転することはできない。
相当調整(Corresponding Adjustment):削減量を日本に移転した後、チリは自国の排出の帳簿に同じ量を「足し戻す」必要がある。同じ1トンの削減量が二つの国で二重に計上されるのを防ぐためだ。
合同委員会(Joint Committee)とTPE:合同委員会は両国の代表で構成され、ルールの策定、方法論の承認、プロジェクトの登録を担う。TPE(第三者機関)はプロジェクトの妥当性確認と検証を担当し、審査機関に近い役割を果たす。

10月5日に何があったのか
日本政府が指定したJCMの実施機関(JCMA)は10月5日、チリ・日本JCMの第4回合同委員会がチリのサンティアゴとオンラインで開かれ、ルール・ガイドラインの採択と第三者機関(TPE)の指定を決定したと発表した。発表はわずか2文で、詳細は主にCarbon Pulseの報道による。
会合の性格:10月5日に非公開で開かれ、両国の代表が出席した。
公式の説明:チリ環境省で炭素価格・炭素市場コーディネーターを務めるクリスティナ・バルガス・フィゲロア(Cristina Vargas Figueroa)氏は、このルール・ガイドラインは両国協力のマイルストーンであり、「チリはいまやプロジェクトを承認し、ITMOを日本に移転して日本の実績として計上させることができる」と述べた。
プロジェクト数:バルガス氏によると、JCMのパイプラインには現在17件のプロジェクトがあり、うち日本政府の資金支援を受けた一部のプロジェクトは、承認を受けてITMOを生み出し、日本に移転できる可能性がある。
次のステップ:17件のうち8件は妥当性確認・検証の比較的進んだ段階にあり、当初は10月8日(木曜日)にチリの国家第6条委員会が評価し、承認書発行の手続きを始める予定だったが、本サイトの締め切り時点では結果の公表は確認できていない。
ルール文書はまだ非公開:チリ環境省は近日中に公表するとしている。
なお、「17件」という数字は、日本のJCM公式パンフレット(2026年4月版)に記載されたチリのプロジェクト数と一致するが、「8件が承認評価へ」という点と委員会の評価結果については、現時点ではCarbon Pulseが唯一の情報源であり、本サイトはチリ政府の公式発表をまだ確認できていない。
チリと日本のJCM:2015年から現在まで
チリと日本は2015年5月26日にJCMの二国間文書に署名した。チリは日本にとって14番目のJCMパートナー国である。JCM公式ウェブサイトには現在、チリのプロジェクトが8件掲載されており、太陽光発電が中心だ。
登録済み3件:大学の屋根に設置した1 MWの太陽光発電(2019年登録)と、各3 MWの太陽光発電2件(2022年、2024年登録)。
妥当性確認中5件:9 MWの太陽光発電2件、2 MWの工場屋根置き太陽光発電1件、3 MWの農地太陽光発電1件、そして3.4 MWのもみ殻発電1件。
ウェブサイトの8件と日本側パンフレットの17件の差は、パンフレットが環境省・経済産業省の補助案件や民間案件の候補プロジェクトも含めているためかもしれない。いずれにしても、チリのJCMの規模はまだ中小規模にとどまる。インドネシア、タイ、ベトナムはそれぞれ50~60件余りのプロジェクトを抱えている。
チリはもともと第6条の「優等生」
今回の合意にこぎ着けた背景には、チリ自身の制度面の備えがある。
まずスイスと始めた:チリとスイスは2023年12月に第6条2項の協力協定に署名した。2025年10月、チリ環境省が初のプロジェクトを承認し(ニュブレ州の工場で石炭ボイラーをバイオマスボイラーに更新するもの)、中南米・カリブ地域で初めて第6条2項の承認を出した国となった。
承認件数は増え続けている:Reporte Mineroの報道によると、チリ環境省は、2026年4月初めまでにスイスとの協定の下で17件の関心表明書と5件の承認を出したと述べている。
専門の法令と専任の委員会:チリは第6条の施行規則を定めており、国家第6条委員会が承認申請を審査する。
政権交代でも途切れない:Carbon Pulseによると、チリでは今年、左派のボリッチ政権から右派のカスト政権に交代したが、第6条の取り組みは止まっていない。
日本側から見ると:JCMは削減目標の一部
日本にとってJCMは単なる外交協力ではなく、国の削減目標を構成するピースの一つである。日本のJCM公式パンフレット(2026年4月)によると:
規模:2026年4月16日時点で、日本のJCMパートナー国は32カ国、プロジェクト(候補を含む)は計298件に上る。
目標:2025年2月に閣議決定された「地球温暖化対策計画」に基づき、日本は官民連携により、2030年度までに累積1億t-CO2程度、2040年度までに累積2億t-CO2程度の国際的な排出削減・吸収量の確保を目指している。
ITMOの発行はすでに始まった:日本政府は2025年11月、パリ協定第6条に基づき、JCMの下で初めてITMOを発行した。対象はタイの5 MWの水上設置型太陽光発電プロジェクトだ。
国内でも使える:JCMクレジットは、日本国内の排出量取引制度であるGX-ETSの適格クレジットとして使える。
言い換えれば、チリのこれらのプロジェクトが順調に承認を得れば、その削減量は最終的に日本の国の帳簿に、さらには日本企業の排出量取引の口座にまで流れ込むことになる。

同じ日のもう一つのニュース:インドと日本も始動
同じ10月5日、インド環境省は、インド・日本JCMの運用マニュアルが9月30日にニューデリーで公表されたと発表した。プロジェクト・アイデア・ノートの提出からクレジットの発行、承認までの全プロセスを網羅している。両国は2025年8月7日に協力覚書に署名し、2026年6月8日に実施規則を採択しており、このマニュアルはインドのJCMが制度準備の段階からプロジェクト実施の段階に入ったことを示す。1週間のうちにチリとインドの両国でJCMが前進したことから、日本がこの帳簿の拡大を加速させていることがうかがえる。
カナダのITMO枠組みとの比較(本サイトの見方)
本サイトは「カナダ、ITMO枠組みを策定へ 企業のパリ協定第6条国際炭素市場への参加を後押し」でカナダの新たな方向性を紹介した。両者を並べてみると、違いははっきりしている。
役割が違う:チリは売り手(ホスト国)として承認を出し、ITMOを移転する。日本は買い手として、削減量を自国の目標に計上する。一方カナダは、自国企業を国際炭素市場に参加させようとしており、重点は炭素除去などのプロジェクトを開発し、緩和成果を輸出することにある。枠組みはまだ策定中だ。
成熟度が違う:チリ・日本のJCMにはすでに10年の協力実績があり、合同委員会、方法論、審査機関もそろっている。いま補っているのは、ITMOの承認と移転という最後の部分だ。カナダはまだ各州や先住民族の団体などと協議している段階で、最終的なルールは出ていない。
技術の種類が違う:チリのJCMは太陽光発電やバイオマスエネルギーなどの削減型プロジェクトが中心だ。カナダは直接空気回収(DAC)やCCS付きバイオエネルギー(BECCS)などの除去型プロジェクトを重視しており、コストが高く、安定した国際的な買い手もより必要になる。
共通のハードル:どの国であれ、政府による承認、相当調整、検証可能な算定という三つは避けて通れない。チリがこの三つを日本とすり合わせるのに10年かかったことは、第6条取引の制度コストが決して低くないことも示している。

台湾にとっての意味(本サイトの見方)
以下は本サイトとしての読み方であり、チリ政府や日本政府が台湾について述べたものではない。
台湾がこの種の二国間制度に直接加わるのは難しい:台湾は国連気候変動枠組条約の締約国ではないため、締約国として日本とJCMを結んだり、第6条に基づく国家間の承認や相当調整を直接行ったりすることは難しい。
それでも台湾は「試行」を始めている:台湾環境部は2026年9月、工業技術研究院(ITRI)とパラグアイ企業が「パリ協定第6条の試行作業」を開始したと発表した。小規模な植林プロジェクトを使い、妥当性確認、測定・報告・検証(MRV)、クレジット発行、ホスト国による承認と移転といった各段階を順に試していく。チリ・日本JCMのルール文書が公表されれば、こうした試行作業にとって格好の参考モデルになる。
海外クレジットの認定基準に注目:「炭素費徴収弁法」では、炭素リーケージリスクが高い事業者に該当しない事業者は、環境部が認定した海外の削減クレジットを炭素費の課金対象排出量の控除に使うことができ、上限は5%である。今後、海外クレジットを認定する際にホスト国の承認と相当調整を求めるかどうかは、台湾企業が海外の炭素クレジットを評価するうえでの重要な論点になる。
日本に拠点を持つ台湾企業:JCMクレジットは日本のGX-ETSで使えるため、台湾企業の日本子会社が制度の対象になっていれば、JCMクレジットの供給と価格は間接的にそのコンプライアンスコストに影響する。
今後注目すべき四つのポイント
ルール文書の公表:改定されたチリ・日本JCMのルール・ガイドラインが、承認、相当調整、クレジット配分について何を定めているか。
8件のプロジェクトの評価結果:チリの国家第6条委員会が承認書を発行するかどうか、そして最初のITMOがいつ日本に移転されるか。
クレジットの配分:JCMクレジットは各者の貢献に応じて両国政府とプロジェクト参加者の間で配分される。チリがどれだけ手元に残し、日本がどれだけ持っていくかは、チリ自身のNDC達成に影響する。
対象分野は広がるか:チリのJCMは現在太陽光発電が中心だが、今後、蓄電、電動モビリティ、バイオガスなど、スイスとの協定の下ですでに承認された分野を取り込むかどうか。
